絶滅危惧種のパンダ

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このPANDA 30は、イタリア中部の世界最古の大学を持つ、瀟洒な街ボローニャからやってきました。
自称筋金入りのパンダマニア、ファビオ氏が三年ちかくかけてレストアした一台。イタリアのFIAT登録機関「REGISTRO FIAT」にも登録されている一台。

レストアといえば、いわゆるスポーツカーやレアなクルマというように、高価なクルマに施されることが多いので、パンダのような一番ベーシックなクルマをフルレストアするというケースは非常に希でしょう。


ですが、いま見ても古くささを感じないシンプルなデザインは、巨匠ジウジアーロをして傑作といわしめた一台なので、今後もっとその価値が再評価されることは間違いないでしょう。

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本国のFIATが最近はじめたHERITAGE部門(歴史的な価値のあるモデルを後世に伝えるべく、車両の登録はもちろんパーツなどの供給なども行っていくという、現在老舗自動車メーカーがこぞって立ち上げている新部門)でさえ、程度の良い30はなかなか手に入らないと嘆いていたくらいだし、長年マメにイタリアのノミの市に足を運んできましたが、なかなかまともな個体に出会ったことはありませんでした。

理由は簡単で、あまりにもアシとしての人気が高く、しっかりと丹念に使い込まれて、土に還ったのがその主たる原因だったりします。

つまり、今となってはすっかり消滅してしまったというのが、初期型パンダ(ハンモックシート版)の現状なんです。

©Editoriale Domus RUOTECLASSICHE

©Editoriale Domus RUOTECLASSICHE

欧州旧車ブームの勢いはすさまじく、いろんな角度で過去のクルマが見直されており、フェラーリやアルファ・ロメオのスポーツモデルでなくても価値の上がっているモデルがどんどん出てきています。

2020年に生誕40周年を迎えたPANDAもそのひとつで、多くの雑誌やTVで取り上げられることが増え、元FIAT会長の孫も電動化プロジェクトなどもはじめている。

ところが、デザイン的には初期型が良いとわかっているにも関わらず、前述のように良い個体が残っていないため、ほとんどの場合、マイナーチェンジ版に初期型のパーツを組み込めるものは組み込むという対処になっているのが現実。


なので、2丁寧にレストアされた30が出てきた時には、ちょっとした驚きがありました。


というか、前オーナーの変態的なほどの(褒め言葉ですよ)PANDA愛に、少々ドン引きしておりました。

この30のオーナー、ファビオ氏は、まさに期待どおりの「熱い変態」。

変態というとアレなんですが、わかりやすくいうと、車両価格どうこうというよりも自分のクルマに対する愛情と、これまでの仕事ぶりを理解してくれて、その思いを共有できるような相手かどうかが、譲渡の決め手になるタイプ。

だから、すぐにこう言うんですね。

「いいから、見に来い」と…


まあ、平常時ならそりゃ構わないのだけど、2020年の秋といえばCOVID-19が猛威を振るい、イタリアでは相当数の死者が出ていた時期。もちろん外出にもかなり厳しい規制が行われていたので、おいそれと「ハイハイ」と言うわけにもいかない(そもそも私は日本だし)。

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あまりにも頑固なファビオの熱意に負ける形で、規制が緩まったタイミングでウチのスタッフにボローニャまで出かけてもらい、改めて「パンダちゃんを交えてのビデオ会議」をおこなうことになったわけです。

・初期型パンダがいかに防錆処理が甘いか。
・冷えやすいFIATの冬の必需品であるラジエーターカバーは必須だ…
・初期型のラジオのアンテナがどれだけ珍しいか...。

なんて講釈をさんざん聞かされたあげく、文字通り丹精込めたレストアの風景の写真をたんと見せられた。話の長さは愛情の深さに比例するということかなんでしょうけど...。

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イタリアの中古車販売ではパーリ・アル・ヌオーヴォという言葉をよくみかけたり耳にしたりする。
これはいわゆる新品同様という意味なんですが、もちろん誰も信じません。実際に見るまでは。

ファビオもこの言葉をさんざん発していたが、そんなわけで軽く聞き流していましたが、いざ実際に見てみると、これがなかなか...。

日本でいうところの程度極上の部類には十分に入るレベルだったのには驚きました。

少なくとも自分で40年乗り続けたとしても、このレベルを保つのはなかなか困難だというレベル。

こうして、一種の通過儀礼のような儀式も終わり、ようやく嫁入りを許されたPANDA 30はやがて日本へのお輿入れを許されたわけです。


日本に届いてからも、その印象は変わらず、精魂込めたレストアであることが伝わってきました。
そんな気概に応える意味でも、バルブはもちろん、エンジンのヘッドまるごとや、キャブレターも交換し、各種調整もキッチリと済ませました。

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やさしくなれるクルマ

わずか652ccの排気量のPANDA 30。30が意味するのは馬力だ。今の基準からするとずいぶんと非力です。数字上は。


でも、二速発進も厭わない低回転域でのトルクや、守備範囲の広い3速。高速道路でもきっちり走れる4速。
東京の街中を走っていてもストレスなくスイスイ走ります。


乗り心地の良さと相まって、自動車というよりは自転車に乗って街中を流すような不思議な感覚が味わえるクルマ。

そのせいか、信号でイライラすることもなければ、自転車やバイクにもずいぶんと優しくなっている自分がいることに気づく。

街の景色もじっくり楽しめるし、それでいて目的地までの時間がこれまで以上にかかることもない。
言うなれば、精神が安定するクルマなのかもしれません。

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ちなみに、日本でも少ないですがPANDA 30は今も生息しているようです。


というのも、今回の30の日本での登録にあたっては、これら先輩方ののご助力を仰がせて頂きました。

多くのハードルが立ちはだかったのですが、これは諸先輩方のご助力である事は言うまでもありません。

改めて御礼申し上げます。

デザインのちから

初期型かどうかをさておけば、PANDA自体はさほど珍しいクルマではないので、しかも東京で目立つことなどないだろうと思っていましたが、いやいや、交差点で写真を撮られることが多く驚きました。


信号待ちで隣や後ろのクルマやバイクからパチリ。駐車場やガソリンスタンドでナンパされることしばし。


こうした現象がとても多いのは、やはりジウジアーロ先生の秀逸なデザインのおかげなのだと確信しました。

もう一ついうと、決してクルマに詳しいわけがないであろう、女性や子供たちからの反応が非常に多いのも特徴です。それも一度や二度ではないのには驚きました。

一度、ご高齢の女性にわざわざ止められ、「アナタ、えらくかわいいのに乗ってるねえ」なんて言われたのには驚きました。


挨拶だってろくにしなくなった日本で、こりゃ悪い気がするはずがないし、見ている人もきっと喜んでくれているのだろうと思いたくなる。


少なくとも巨漢強面を自負している私ですが、この反応は結構な驚きだった。
やはり、デザインは人をアゲてくれるようだ。

Bluetoothのスピーカーをダッシュの物入れに放り込んで、音楽を聴きながらのんびりと走り、近所に買い物にも出かける。たったそれだけのことでも久々に道中が楽しいという感覚になる。コロナ禍ですっかりすさんだ心を癒やすには十分なクルマだと痛感し

峠をガンガン走りたいとか、高速道路をぶっ飛ばしてという、スピードに快楽を求めるのではなく、乗っている時間や走っている道を存分に楽しませてくれる。

高いデザイン性とキュートな存在感をたっぷりと感じさせてくれる40年前のアシ車。
実にイタリアらしい、楽しくかっこよく、素敵なデザイン。

やはりクルマはデザイン。改めてそう感じさせてくれる一台です。

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Jul-25,2021 / Autobianchi A112